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神戸地方裁判所 平成元年(わ)661号 判決

主文

被告人を懲役六月及び罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から一年間右各刑の執行を猶予する。

訴訟費用のうち、証人A、同B及び同Cに支給した分は、被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和五五年二月から昭和六三年二月ころまでの間、神戸市中央区中町通四丁目二番一六号所在の兵庫信用金庫神戸駅前支店の支店長であったものであるが、同金庫の業務に関し、Aから融資の申込みを受けて同人と交渉し、融資金返済の条件を定めるなどした後、同金庫所定の融資稟議手続を経て同金庫営業本部長Dの決裁を得た上、昭和六二年三月二五日、同支店において、右Aに対し、同人が同市兵庫区西上橘通〈番地略〉所在の個室付浴場「メンズクラブ」で売春婦多数に対し売春の場所を提供することを業とし、その開業資金に充てることの情を知りながら、一〇〇〇万円を貸与し、もって、売春を行う場所を提供する業に要する資金を提供したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(争点に対する判断等―判示事実を認定した理由及び公訴事実中の共謀の事実を認定しなかった理由等)

一  争点

1  関係各証拠によれば、判示のとおり兵庫信用金庫神戸駅前支店の支店長であった被告人は、個室付浴場「メンズクラブ」の開業資金として使用されることを知りながら、右信用金庫の業務に関し、Aに対し、判示融資(以下「本件融資」と言う。)をしたこと、Aは、これまで特殊公衆浴場(個室付浴場―通称は、当初は浮世風呂、その後はニュートルコ、ソープランドなどと変更)を経営してきたが、一貫してその営業場所で売春が行われてきたのが営業の実態であり、「メンズクラブ」(通称ソープランド)でも同様の営業をする予定で本件融資を申し込んだこと、A及び「メンズクラブ」の共同経営者であるEは、平成元年一一月三〇日、本件融資後である昭和六三年一〇月初めから平成元年六月二三日までの間「メンズクラブ」を売春場所として提供することを業とした罪により有罪判決を受けていること、被告人は、職業柄、売春業者に資金を提供することは売春防止法に違反することを知っていたことが認められる。

2  検察官は、「本件融資の動機、経緯、従前の被告人とAの関係、福原地区のソープランド業者の実態、エイズ問題に関する新聞記事等に徴すると、被告人は、Aが『メンズクラブ』を売春を行う場所として提供することを業とし、その開業資金に充てることについて、確定的な認識を有していたことが明らかである」旨主張するのに対し、弁護人は、「被告人は、本件融資当時、『メンズクラブ』は、法律によって許可された特殊公衆浴場であり、兵庫県公安委員会に届出をしてその監督に服している正規の営業であるから、普通の正当な融資と考え、兵庫信用金庫の内規に従って稟議し、決裁権者であるDの決裁を受けて本件融資をしたものであり、被告人には、売春防止法一三条一項違反の犯意が全くなく、また、Dとの共謀の事実もないので、無罪である」旨主張し、被告人も、当公判廷においては、右主張に沿った供述をしている。

3  結局、本件は、①被告人が本件融資当時、Aが「メンズクラブ」を売春を行う場所として提供することを業とすることを知っていたか否か、すなわち、売春防止法一三条一項にいう「情を知って」いたか否かが主たる争点であり、②右「情を知って」いた事実が認定できれば、次にDとの共謀の有無が争点となる。

4  売春防止法一三条一項にいう「情を知って」いたというのは、行為者に、資金等の提供を受ける者が売春を行う場所を提供することを業とすること及び右資金等をその業のために使用することについての認識があったことをいい、右の認識はいずれも確定的な認識を有することまでは必要ではなく、未必的な認識で足りると解するのが相当である(最高裁昭和六一年一〇月一日決定、刑集四〇巻六号四七八頁)ところ、被告人は右認識を否定している上、本件融資は「メンズクラブ」の開業資金に充てるためのものであるから、被告人の右認識(未必的な認識を含め)の有無を判断するについては、本件融資に至る経緯、本件融資の際の状況はもちろん、従前からの被告人のAに対する融資状況なども総合考慮する必要があるので、以下検討する。

二  関係各証拠を総合すると、前提事実として次の事実が認められる。

1  被告人は、昭和三五年神和信用金庫(兵庫信用金庫の前身)に就職し、以後、昭和五〇年四月神戸駅前支店支店長代理、昭和五三年四月同支店次長、昭和五四年一〇月御旅支店次長、昭和五五年二月神戸駅前支店支店長となり、本件後の昭和六三年三月神戸中央支店支店長となった。

右神戸駅前支店は、神戸市中央区中町通四丁目二番一六号に所在しており、同市兵庫区福原町及びその周辺のいわゆる福原地区(「メンズクラブ」もこの福原地区内に所在している。)とは近接しており、同地区を営業区域の一つ(しかも重点地区)にしていた。

2  昭和六二年当時、福原地区には個室付浴場業者は七十数軒あり、それまでもそのうちの一、二軒くらいが毎年売春防止法違反で検挙されていたが、右検挙の事実は被告人も知っており、また、右神戸駅前支店は、右検挙後もその業者に継続的に融資をしていた。例えば、昭和五二年一一月ころにはF(「王将」経営)が、昭和五四年五月ころにはG(「夢の坊」経営)が検挙されたが、昭和六三年まで、同人らに対し融資を続けていた。

3  福原地区で個室付浴場を経営していたA、Eは、本件融資以前には売春防止法違反で検挙されたことはないが、これまで自己が経営してきた個室付浴場で売春が行われていたことを認識していたほか、当公判廷で証言した個室付浴場業者の中には、具体的根拠はないものの、福原地区の個室付浴場では売春が行われている旨の証言をする者もおり、殊に、同経営者であり兵庫特殊浴場協会長であったCは、「個室付浴場の営業内容は男女間の接触で性交に至ることを言い、福原地区の個室付浴場は全部売春業をしていると思っている。」とまで供述し、また、本件捜査にあたった捜査官も、同趣旨の供述をしている。

4  右Cは、昭和五七年一月ころ、右神戸駅前支店において、大規模店(「雄琴方式」と言われていた。)が福原地区にも進出してきたため経営している個室付浴場の売上が減ったことから、融資の返済金額の減額を依頼した際、被告人に対し、「今までは、入浴料七〇〇〇円の一本でやってきたが、これからは、七〇〇〇円と五〇〇〇円の二本立てにして客の増加をはかる」「入浴料は店の収入になる。入浴料五〇〇〇円の時は別に女の子の取り分が一万円、入浴料七〇〇〇円の時は一万三〇〇〇円が女の子の取り分となる」旨説明した。また、同時期には、同様の減額を求めて神戸駅前支店に来る個室付浴場業者が三、四軒あった。

また、Cは、昭和六一年春ころ、世間話のなかで、被告人から、「福原の店には四、五〇歳、中には六〇歳位の女もおるらしい。店を綺麗にして、新しい店にしなければいけない。」などと言われたことがあった。

5  昭和六二年一月一七日、神戸市在住の女性が厚生省からエイズ患者と認定されたが、これは、女性として、かつ、男女間性的交渉により感染したとみられる初めてのケースであり(感染源は同棲していた同性愛者の男性とみられる。)、同月一八日付新聞等で、同女がそれまで不特定多数の男性との売春行為を三宮や元町地区を中心に行っていた旨の記事が大きく報じられ、右報道により、三宮や元町の歓楽街をはじめ、福原地区の個室付浴場業界も大きな影響を受けることになり、同年三月六日付神戸新聞では、福原地区について「客数は一時期は一〇分の一に激減、最近やや持ち直したものの以前の四割程度」と報道された。

Cは、同年一月下旬ころ、被告人に対し「エイズ騒ぎで女の子が皆サックをせんと怖いと言って困っている。」と話し、知人にも「女の子たちが辞めて逃げるかもしれない、融資の返済ができなくなるかもしれない。」などと話し、「エイズ騒動で、客は約三分の一、売上も約七割減少した。」と思っていた。

右エイズ騒動により、福原地区の特殊浴場業の組合では、月に一度男子従業員も含めてエイズ検査を実施したり、また、エイズ安全宣言ポスターを各店先に貼ったりして安全を宣伝し、客が戻ってくるよう努めた。

なお本件後のことであるが、福原地区で個室付浴場を経営しているHは、昭和六二年暮れか昭和六三年初めころ、被告人から今後どのような経営をするつもりか尋ねられ、「今までどおり二万二〇〇〇円コースで『店おち』は八〇〇〇円でやっていく」旨答えるなどしている。

三  福原地区の個室付浴場業者に対する被告人の認識

1 以上の事実を総合すると、福原地区の個室付浴場業者のうち、年間一、二軒くらいが売春防止法違反で検挙される事実があることや、その法律上の営業形態、内容、福原地区の個室付浴場業者の認識等に鑑みると、少なくとも福原地区のほとんどの個室付浴場では売春が行われているのではないかと考えるのが、一般的・常識的な認識であると言わざるを得ず、当公判廷において、捜査官が、福原地区の特殊浴場業者は例外なくみな売春業者なのは常識であると述べているのも、右の意味において理解することができる。

そして、被告人は、その福原地区を営業区域内に抱え、しかも同地区を重点地区としている神戸駅前支店の本件融資時までに約七年間勤め(なお、同支店長代理として三年間、同支店次長として一年間の勤務経験もある。)、またその勤務内容からして、融資先に被告人が言う深耕訪問を行ったり営業内容の調査を尽くすのは当然であり、それらを通じ福原地区の個室付浴場業者の営業の実態を知り得る立場にあったと言わざるを得ず、前記個室付浴場業者との具体的な会話内容、エイズ騒動、後記のA、Eとの融資経過、状況等にも照らすと、被告人自身、前記同様の認識すなわち福原地区のほとんどの個室付浴場では売春が行われているとの認識、少なくとも行われているのではないかとの認識を有していたと認めるのが相当である。

2  これに対して被告人は、「個室付浴場は、保健所を通じて神戸市長の許可をとっており、法律で許可されているものであり、その営業内容は、女性が男性客を相手にセックス以外のサービスなら何をしてもよいと聞いていた。そのような特殊な営業内容であるため、中には不心得者がいて、売春をしたりするため、経営者も売春防止法違反で検挙されると思っていた。全部の業者が売春を業としているとすれば、営業の許可も下りないだろうし、公安委員会の営業届けも受理されないと思っていた」旨供述し、兵庫信用金庫の職員らも当公判廷で異口同音に同趣旨の供述をしている。

確かに、福原地区の個室付浴場は、兵庫県公衆浴場法基準条例の特殊公衆浴場に該当し、公衆浴場法によって神戸市長の許可を受け、また、風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律上は個室付浴場に該当する風俗関連営業であって(同法二条四項一号)、同法二七条により、所轄警察署(兵庫署)を経由して兵庫県公安委員会に届出をする必要がある。

しかしながら、前記のとおり、AやEをはじめとする個室付浴場業者はもちろん、捜査官も一般的、抽象的には、福原地区の個室付浴場では売春が行われていると考えていることに加え、前記のような一般的・常識的な認識に照らすと、「個室付浴場においては女性が男性客を相手にセックス以外のサービスなら何をしてもよい。」と聞いたという被告人の供述は到底信用できず、被告人をはじめ兵庫信用金庫の職員らが口をそろえて右趣旨を聞いていたと弁解すること自体不自然であり、いずれも信用できない。

また、被告人は、「エイズはセックスでは感染しないと思っていた」旨供述している。確かに、昭和六〇年ころ、エイズが知られるようになった当初から本件融資の少し前ころまで、エイズの感染経路としては男性同性愛者の間で感染する場合と、血友病患者が血液製剤で感染する場合が多く、男女間の性交渉で感染することがあるとは思われていなかったことが窺われる。しかしながら、前記の初の女性患者の報道があれ程大々的に連日なされたのは、エイズが男女間の性交渉でも感染し得ることが判明したからであり、当時の新聞記事を見てもそのことは明らかであって、関係各証拠に照らし、被告人の右弁解はたやすく信用できない。

3 以上のとおり、被告人は、福原地区のほとんどの個室付浴場では売春が行われているとの認識、少なくとも行われているのではないかとの認識を有していたと認められ、そのことから、被告人には、福原地区の個室付浴場業者は売春婦に場所を提供することを業としているとの認識が未必的にせよあったとは言い得るものの、この程度の認識では、売春防止法一三条一項にいう「情を知って」いたと言うことはできない。

すなわち、売春防止法一三条一項は、売春の場所提供を業とするものに対する幇助行為のうち、資金等の提供行為を特に悪質なものとして重く処罰する趣旨で独立罪として規定したものであることに照らすと、同条項の認識としては、右のように、単に一般的、抽象的に知っているとか、その可能性があると認識しているだけでは足りず、当該資金等の提供を受ける者が、その当時、売春の場所提供を業とすることを認識しているか、または、そのことについて相当程度高い蓋然性で認識・予見可能な具体的事実を知っていたにもかかわらず、資金等提供等の行為に出たなどの事情が必要であると解するのが相当である。

したがって、被告人において、本件融資の際、Aが売春の場所提供を業とすることを認識していたか、または、そのことについて相当程度高い蓋然性で認識・予見可能な具体的事実を知っていたかどうかを、更に検討する必要がある。

四  Aへの融資の経過、状況等

関係各証拠を総合すると、次の事実が認められる。

1  兵庫信用金庫がAに対してなした(被告人が関与したものに限る。)は、次のとおり〈省略〉である。

2  Aは、昭和五一年一月、兵庫信用金庫から、浮世風呂「久松」(現在「スキャンドール」)の買取資金の融資(前記表の番号2の融資)を受けたが、当時神戸駅前支店支店長代理として右融資担当者であった被告人と知り合い、被告人が、右「久松」を見に行ったり、その後、店舗兼自宅のA方を深耕訪問したり、あるいはAが兵庫信用金庫の催すゴルフ親睦会に参加したりすることなどを通じて、Aと被告人は仕事以外でも付き合う間柄であった。

3  Aは、昭和五六年八月ころ、被告人に対し、右「久松」を「ナポレオン」に改装する資金の融資を依頼し(前記番号7の融資)、その際、少し部屋を広くして「雄琴方式」にしたい旨説明し、また、昭和六〇年ころ、右「ナポレオン」を「カルメン」に改装する際にも、「雄琴方式」という言葉を使って改装の説明をした。Aとしては、被告人が「雄琴方式」という言葉の意味として、セックスするということを理解していると思っており、また、ソープランド(個室付浴場)が売春業であることは周知の事実だと思っていた。

4  Eは、昭和五六年、当時経営していた浮世風呂「城山」を「クレオパトラ」に全面改装する資金として、兵庫信用金庫から五〇〇〇万円の融資を受け、また前記ゴルフの親睦会にも参加していたが、被告人とは融資を離れた私的な付き合いはほとんどなかった。

5  A及びEは、被告人に対し、昭和六一年暮れころから本件融資を依頼するとともに、昭和六二年三月ころ、神戸駅前支店を何度か訪れ、被告人や貸付係に対し、借入理由書、返済計画書等を提出するとともに、「メンズクラブ」譲受けの経過を説明するなどし、Aは、その後間もない同月一八日、融資申込書、印鑑証明書等を提出して正式に本件融資を依頼した。

6  その際、被告人は、Aから、いわゆる中規模店が目標であることなどの説明を受けたが、前記のとおり、当時連日のようにエイズ関連の報道がなされ、Aら個室付浴場業界を含め福原地区全体が経営的に苦しい状況にあったことを知っていたため、右の事情を懸念して、Aに対し、店を維持して行くだけの売上が確保できるかどうかを確認し、同人から、Eが客の回転率などを基礎に計算した売上予想や業界の展望などを記した書面や、同月一三日兵庫信用金庫の融資実行を待たずに開店した「メンズクラブ」の三日間の売上げなどをもとにした「資金使途の説明」「収支予想(一ヶ月)」と題するメモを示され、客一人当たり八〇〇〇円以上の売上げがあること、客足についても徐々に回復しつつあること、経営的には心配しておらず、返済には支障は生じないことなどの説明を受けた。

被告人は、右の際エイズに関連した話をした記憶がない旨供述するが、被告人が作成した本件融資の貸出稟議説明書(平成二年押第二五号の1に編綴されている。)中の「貸出の効果」欄には、「現在福原地区七三店舗の個室付浴場がありますがエイズ問題より一〇店舗が閉店(これは県外資本系で家賃が高く採算が合わない為)三月より少しずつではあるが売上は伸(び)ている。」と記載されており、同旨の記事が、昭和六二年三月六日付神戸新聞に掲載されていることや、前記の当時の福原地区の状況を考え合わせると、融資をする際に返済が可能か否かを判断する一資料としてエイズ問題が起こったことによる影響を考慮しないとは到底考えられず、被告人の右供述は信用できない。

7  前記「資金使途の明細」「収支予想(一ヶ月)」と題するメモ(右貸出稟議説明書に続いて綴じられている。)によると、水道代二〇万円、油代一六万円、電気代一五万円などの他に、人件費として六〇万円、給料(A・E)として四〇万円が計上された上、売上は三五〇万円、四〇〇万円の二つが書かれており、それぞれの場合について、差額の純益すなわち返済資金は四三万円、九三万円、そして月々の返済額は二五万円とされている。

当時、Aが兵庫信用金庫にとっては返済が滞ることもない信用のおける顧客であったこと、当時のAの兵庫信用金庫に対する融資残高は合計約二〇〇〇万円余りであったが、極度額三五〇〇万円の根抵当権が設定されていたことなどから、右のメモ等に基づくAの被告人に対する説明は大雑把になされ、メモに掲げられている数字の根拠、例えば人件費がなぜ六〇万円になるかなどの具体的な説明はなかった。

ただ、前記のとおり、被告人は、昭和五七年一月ころ、Cから、ソープランド(個室付浴場)における湯女の収入は店の収入とは別であることを聞いていたことや、前記認定の被告人の個室付浴場業者についての認識などから、本件融資の際、Aから示された収支予想のメモに人件費として六〇万円しか計上されていなかった理由は分かっていたと考えるのが合理的である。

五  被告人の犯意

1 以上を総合すると、前記二、三で認定したとおり、被告人には、福原地区のほとんどの個室付浴場では売春が行われているとの認識、少なくとも行われているのではないかとの認識があったことやその他の個室付浴場業者との会話内容に加えて、前記四で認定したAとの従前の融資経過、状況、付き合いの程度等をあわせ考えると、前記四で認定した本件融資の際のAらとの交渉状況、内容というのは、本件融資当時、Aが個室付浴場業者として売春の場所提供を業とし、本件融資金をその開業資金に使用することを、相当程度高い蓋然性で認識・予見することができる具体的事実と言うことができるのであって、被告人が、右事実を認識しながら本件融資をしている以上、被告人は、未必的にせよ売春防止法一三条一項にいう「情を知って」いたと言わざるを得ない。

2  弁護人は、「本件融資の貸出稟議説明書に『個室付浴場オープン費用』と記載されていること自体、被告人が、法律で許可されている営業であり、公安委員会や保健所の監督を受けている営業であるから、深く考えずに正規の営業と考えて、堂々と資金使途について記載したものであって、被告人には本件犯意がなかったことの証拠である。」と主張するが、本件では個室付浴場全てが売春業を営んでいるかどうかが問題なのではなく、本件融資当時、Aらが「メンズクラブ」を売春婦に売春をする場所として提供することを業としようとしていたことを知っていたかどうかが問題なのであるから、右の点についての未必的な認識があれば売春防止法一三条一項の認識として欠けるところはなく、右の認識があれば、たとえ「メンズクラブ」を含む個室付浴場が法律上許可を受けた正規の営業と考えていたとしても、それは単なる法律の錯誤に過ぎず、同法条の故意を認めるのに十分である。

弁護人は、「個室付浴場業者に許可を与えた官公庁や、電気、水道水等を供給する会社等も幇助犯を免れなくなるし、公安委員会が営業廃止処分を行わないのは問題である。」とも言うが、前記のとおり、売春防止法一三条一項の認定としては単なる一般的、抽象的な認識では足りないのであって、右主張は当たらない。

六  共謀の有無について

検察官は、公訴事実で、被告人の本件行為は、兵庫信用金庫営業本部長Dの決裁を得て同人と共謀の上なされたものである旨主張し、その内容として、「稟議書ファイル、D及び被告人の供述等により、貸出金審査規定に基づき、被告人が神戸駅前支店長として決裁して神戸営業本部に決裁をあげ、同営業本部長であるDが最終決裁して融資されていることが認められる。」としている。

確かに、関係各証拠によれば、右検察官主張の事実が認定できる。

しかしながら、共謀の上なされたと主張する以上、Dにも売春防止法一三条一項の犯意が認められることが当然の前提であると解されるところ、前記のとおり、同条項にいう「情を知って」いたというためには、単に一般的、抽象的に知っているとか、その可能性があると認識しているだけでは足りず、当該資金等の提供を受ける者が、その当時、売春の場所提供を業とすることを認識しているか、または、そのことについて相当程度高い蓋然性で認識・予見可能な具体的事実を知っていたことが必要と解するのが相当であって、右決裁があったからといって、Dが右「情を知って」いたとは言えない。また、前記のとおり、本件融資の貸出稟議書中の「貸出の効果」欄にはエイズ問題の記載があるが、これは、エイズ騒動が当時の福原地区全体に与えた影響を考えると、Aらに対する融資の返済が可能か否かを判断するにあたっても重要な要素と言うべきものであって、右記載及び同稟議書中の「資金使途説明」欄の「個室付浴場のオープン費用」との記載だけからでは、Dが右「情を知って」いたとまでは言えない。他に、右共謀の事実を認める証拠はない。

したがって、検察官主張のDとの共謀の事実については、証拠上認めることはできない。

七  弁護人の指摘するその余の本件の問題点について

1  関係各証拠によると、本件捜査においては、被告人以外の兵庫信用金庫の幹部職員を含む多数の職員を、その分掌事項も確認せず、本件融資の稟議に加わった形跡もないのに、捜査段階の当初から本件融資の共犯容疑者として取り調べ、取調べのために警察署に呼び出した際には、逮捕され手錠をはめられ腰縄をつけられて取調室に連行される被告人の姿を見せつけ、もっと逮捕者が出るとか、喋らないと被告人が帰れないなどと申し向けるとともに、「福原のソープランドはみな売春していることは常識として知っていた」ことを認めさせることをほぼ唯一の目的として取調べが行われたことが窺われる。

前記のとおり、本件の売春防止法一三条一項にいう「情を知って」いたというためには、右のような「福原のソープランドはみな売春していることは常識として知っていた」という一般的、抽象的な認識では足りないにもかかわらず、本件の捜査に当たった捜査官は、被告人の認識に関する具体的事実や、本件融資についての具体的な事実を捜査し、解明することよりも、被告人をはじめとする兵庫信用金庫職員らが、右のような一般的、抽象的な認識を有していたことを主たる捜査の対象とし、身柄の拘束をちらつかせながら「自白」を迫るなどしており、適切な捜査が行われたとは言い難いのである。右のような取調べ状況のもとで当初否認していた右職員らもまもなく自白するに至ったものであるが、右のような状況下で作成された供述調書には任意性に疑いがあると言わざるを得ない。弁護人は、「捜査官が個室付浴場業の法律上の根拠規定、立法経過、立法趣旨等を何ら調査せずに本件捜査に着手したことは、杜撰な捜査としか言いようがない」旨主張するが、その主張は、右の意味において正当と言わなければならない。

2  昭和六三年五月ころ、福原地区でⅠが経営する個室付浴場が売春防止法違反容疑で摘発されたが、その際、被告人は、右Ⅰに対して融資していたことから、本件同様売春防止法違反(資金提供罪)容疑で取調べを受け、捜査官から、具体的な根拠を示されてはいないものの、福原地区の個室付浴場(ソープランド)は全部売春している旨告げられた。

そのため、兵庫信用金庫は、個室付浴場業者に対する融資をそれ以後やめることにした。そして、昭和六三年夏ころ、Aが、被告人に新たな融資申込みをしてきたが、融資をしなかった。

ところが、平成元年七月一九日、A及びE他一名が「メンズクラブ」で売春婦らが売春することを知りながら業としてその場所を提供したという売春防止法違反の罪(場所提供)で起訴され、神戸駅前支店が「メンズクラブ」の開店資金を融資(本件融資)していたことから、右融資当時の支店長である被告人が同月二八日逮捕され、同年八月一七日起訴されたのが本件である。

本件融資は右Ⅰに対する融資の件で取調べを受けたときより一年三か月前のものであること、Ⅰに対する融資金額は二億一〇〇〇万円であるのに、本件は一〇〇〇万円とそれに比べるとはるかに小額であること、兵庫信用金庫が個室付浴場業者に対する融資をやめてから一年余り経過してから本件で起訴されたものであることに照らすと、捜査官側にどのような事情があったかはともかく、疑問の残る措置と言わざるを得ない。

3  これらの事実は、本件犯罪の成否には影響は与えないものの、情状としては考慮せざるを得ないものと言うべきである。

(法令の適用)

被告人の判示所為は売春防止法一三条一項に該当するので、その所定刑期及び金額の範囲内で、被告人を懲役六月及び罰金一〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から一年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用のうち、証人A、同B及び同Cに支給した分は、刑事訴訟法一八条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、信用金庫の支店長であった被告人が、売春婦に対して売春の場所を提供することを業とする個室付浴場業者に対し、未必的にせよその情を知りながら、その開店に充てられる資金として一〇〇〇万円を貸し付けたという、売春防止法一三条一項違反の事案であるが、同法施行以来、金融機関の役職員としては全国最初の検挙者として、大きく新聞等で報道されたものであり、一般社会で信頼を得ている金融機関の支店長が、その信頼を裏切り本件犯行を犯したことは、社会的にも非難されるべきものであり、福原地区と隣接する金融機関の支店長として、個室付浴場業者の業務内容について慎重に検討したとは言えず、その経済効果に重点を置き安易に資金を貸し付けたものと言わざるを得ないのであって、その責任は軽いとは言えない。

しかしながら、個室付浴場業者に対する金融機関の融資はかなりの数、金額にのぼることが窺われるのに、同法違反で金融機関役職員が起訴されたのは、本件が最初であり、その後も同様の事例はないこと、安易な貸付とはいえ、それまで具体的といえる行政指導等はなかったのであり、被告人だけを責めるのはいささか酷であると言わざるを得ないこと、前記争点に対する判断等で述べたとおり、本件捜査についてはいくつかの問題点が指摘できること、被告人には、前科、前歴もなく、これまで真面目に勤務してきたものであり、本件による逮捕、起訴によって被った苦しみは、その罪と比較して過大なものがあり、すでに相当な社会的制裁を受けていると言えることを考慮すると、被告人に対しては、主文の各刑を科した上、いずれも短期間その刑の執行を猶予するのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官吉田昭 裁判官小川育央 裁判官溝國禎久)

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